男女の間の素晴らしい違い
男女の間の素晴らしい違い
違いがあるからこそすばらしいのです。
花を見ても、タンポポの花があり、スミレがあり、ボタンがあり桜がある、というようにいろいろな花があるからこそすばらしい。
男も女も、神が自分に与えてくださったその花の美しさをもって、
ほかを羨むことなく、威張ることもなく、それぞれの違いを尊重して、ともに生きていく姿こそが美しいものですね。
マザーテレサは、その協力者の方々とともに、道端に倒れて枯れたようになっている花、人から捨てられた花を、大切に、自分の家で、さ、神様のいっぱいの祝福があなたにも、あなたにも、与えられているんですよ、と言って、神様の恵みを分かち合っていかれました。
マザー・テレサの言葉をご紹介いたします。
私は、なぜ男性と女性が全く同じであり、男女の間の素晴らしい違いを否定する人たちがいるのか理解できません。神からの賜物はすべて良きものですが、みな同じではありません。
私は、私が貧しい人々にしているように、自分たちも行いたいという人たちに対して、しばしば「私ができることはあなた方にはできないし、あなた方ができることは私にできないことがあります。
しかし一緒になってやるなら神のために素晴らしいことができます」と申し上げます。
男性と女性の間の違いはちょうどこのようなものなのです。
神は私たち一人びとりをお造りになりました。そしてさらに偉大なことに、互いに愛し愛される存在にしてくださっています。それでは、なぜあるものを男性に、またあるものを女性に創造されたのでしょうか。
それは、女性の愛が神の愛の一つのかたちであり、男性の愛も、もう一つの神の愛のかたちであるためです。
男性も女性も違った方法で愛を表現するように造られており、男女がそれによってお互いを完成させ、一緒に神の愛を完全に表すのです。これは、どちらか一方だけではできないことです。
女性特有の愛の力は母親になったときに最もはっきりと現れます。母であることは神の女性に対する贈り物です。
われわれは、男女を問わず全世界に喜びをもたらす、この素晴らしい神からの贈り物に対して、どれほど感謝しなければならないことでしょうか。
しかし、私たちは特に愛することや他人への奉仕より仕事や地位を重要だと考えたり、中絶という悪なる行為によって、この母性という贈り物を破壊しています。
どんな仕事も計画も財産も自由というアイデアも、愛に取って代わることはできません。
母性という神の贈り物を破壊することは、神の女性に対する最も貴重な贈り物、すなわち女性として愛する能力を破壊することです。
神は私たちに「汝を愛するごとく隣人を愛せよ」と言われました。だから、まず私は正しく自分を愛し、それから隣人もそのように愛します。
しかし、もし神が私を造られたように自分自身を受け入れなければ、どうやって自分を愛することができるでしょうか。
男女の素晴らしい違いを否定する人たちは、神が造られたように自分たちを受け入れないため、隣人を愛することができません。彼らは世界に、分裂と不幸をもたらし、平和を破壊するだけです。
たとえば、私がしばしば申し上げてきたように、中絶は今日、最大の世界の平和に対する破壊であり、女性と男性を同じくしょうとする人たちは皆、中絶に賛同的です。
死や悲しみの代わりに、世界に喜びと平和をもたらしましょう。そうするために、神に平和という贈り物を請わなければいけませんし、お互いを神の子女、兄弟姉妹として受け入れて愛することを学ばなければいけません。
子供たちがいかに愛し祈るかを学ぶ最良の場所は、母親や父親が愛し祈るのを見ることができる家庭であります。
もし家族が破壊され不和が生じたりしているなら、いかに愛し祈るかを知らないで多くの子供たちが育つことになります。
そうした家庭崩壊が多く見られる国では、多くの問題を抱えています。私はしばしば、とりわけ裕福な国々で、子供たちが、親から愛されず疎外されていることから逃れるため、麻薬などに手を出すのを目にしてきました。
しかし、家族の絆が強く家庭が円満なときであれば、子供たちは父母の愛の中にまさに神の愛を見て、大きくなり自分たちの国を愛すべき祈りに満ちた場所にしていくのです。
子供は家族への神の最大の贈り物であり、母親、父親の両方を必要としています。なぜなら、父親は父親らしく、母親は母親らしいやり方で神の愛を体現して見せてくれるからです。
ともに祈る家庭はお互いに離れていくことはありません。家族が結びついている限り、神が彼ら一人びとりを愛されたようにともに愛し合うでしょう。そして愛によっていつでも安らぎがもたらされるのです。
1995年9月
マザー・テレサ(第四回国連世界女性会議に宛てたメッセージより)